July Announcement:Coming Soon! Couples Workshop "Difference is a Blessing"
The hot Summer days are continuing, aren't they? How are you doing? Here is Soul Care's July information. ■2023 Couples Workshop "Differences are a Blessing" Join us for a workshop to build a richer marriage relationship and to receive the differences between you and your partner as strengths. You will be able to work with […]
7月のお知らせ:まもなく開催!カップルワークショップ「違いは祝福」
暑い日が続いていますね。お元気にお過ごしですか。ソウルケア7月のご案内です。 ■2023年カップルワークショップ「違いは祝福」全2回 より豊かな結婚関係を構築するため、パートナーとの違いを強みとして受け取るため、ワークショプに参加してみませんか。 普段は話せないことも、クリスチャンの結婚関係の専門家である西岡先生の指導の元、多くの参加者と一緒に取り組むことが出来るでしょう。 個人参加、結婚前のカップルの方もぜひご参加下さい。自分自身が学び、成長することで夫婦関係は大きく変わります。 ノンクリスチャンの方も参加可能です(キリスト教的視点が入ることはご了承下さい)。ご参加お待ちしております。 ⇒詳細・お申し込み ■ひまわりの小路(こみち)ー霊的虐待からの回復を支援するグループ 霊的虐待からの回復を支援するための日本語グループが9月から始まります。これまでは英語のみの対応でしたが、日本語グループが発足しました。 興味のある方は以下のページをご確認の上、お申し込み下さい。 ⇒詳細ページ ■「神のかたち」で生きる霊性入門、4-6月分無料公開 『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて連載中の「神のかたち」で生きる霊性入門、4-6月分をいのちのことば社様から許可をいただきました。 ウェブサイトで公開いたします。
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 6月ー我と汝
いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 我と汝 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作ってゆく、というテーマでお届けしています。 「我と汝」 20世紀はじめ、ヨーロッパに世界大戦の惨禍が吹き荒れる中、ユダヤ教の神学者マーティン・ブーバーが『我と汝(原著Ich und Du、英訳I and Thou)』という示唆に富んだ本を記しました。 ブーバーはこの本で、人の関係性は2つに分けられる、それは「私と汝(Thau)」か「私とそれ(It)」であると、論じています。 「我-なんじ」の関係性は、他者の存在を尊重し、対話や直接的な関係を通じて相手と真のつながりを持とうとする関わり方です。相手に対する愛情や敬意、信頼などが「我-なんじ」の関係性を生み出す血液です。人だけではなく、あらゆる対象と「私-なんじ」の繋がりを築くことができるとされています。 一方、「私-それ」の関係では、世界は自身の欲求や目的を達成するための手段にすぎません。「私」にのみ関心が向けられています。他者は存在していますが、真の意味では存在せず、「私」と「それ」、物体のような関係です。 世界は、私を幸福にしてくれるため、私の目的を達成させてくれるための手段です。 「私」と「それ」 人を条件で見るということは、私達の社会に深く浸透している価値観です。 「この人は(ものは)私をどれだけ幸せにしてくれるか」 「私の願いを叶えてくれるか」というフィルターを通して、世界を見つめます。 同じようなことが起きます。自分の配偶者、子供、親に対して。友人知人、同僚、従業員、部下、生徒、ご近所さん。 例えば、ピーター・スキャゼロは著書Emotionally Healthy Spirituarityの中で「私とそれ」は次のような関係だと言っています。 Scazzero, Peter. Emotionally Healthy Spirituality (p. 173). Zondervan. Kindle Edition. 第7章、I-It relationship 社会に生きるということは、私達が「それ」として扱われる過程を通過することかも知れません。学歴、容姿、経済力、コミュニケーション能力でラベル付けが始まります。受験戦争、就職活動、数多のマウンティング。インターネットや宣伝広告では、他者を商品のように見つめ、消費して、生きている。 「なんじ」のあなた イエス・キリストは「それ」として扱われている私達に、「なんじ」と呼びかけます。「なんじ」は、私達が根本的にどのような存在なのか、神は私たちをどのように創造したのか、思い出させる語りかけです。 キリストは、悩む人、苦しむ人の声を聞き、立ち止まり、ひざをかがめ、彼らの表情をご覧になった。彼らに触れ、会話し、癒やし、立ち上がらせ...。キリストと虐げられている人たちの物語は、一人ひとりが、敬意を払われるべき存在だという、神の愛を示すものです。 キリストのいのちが私達の中に生きるということは、私達もまた、キリストのように世界に「なんじ」と呼びかけることです。 「なんじ」を認めるとは、言い換えると他者を他者として、認める、尊敬するということとも言えるでしょう。キリスト教的視点で考えると、神が「私」を大切にしてくれるように、他者を理解し、認識する。他者も、神にとっての「なんじ」だからです。 他者は自分の世界の延長線ではなく、自分とは違う意思と願いを持った存在として、独自性と分離を尊重することです。 抽象的な話が続いたので具体的に考えてみましょう。 「それ」から「なんじ」へ 「私とそれ」は私達の価値観に深く染み込んでいます。例えば次の通りです。 「我となんじ」の関係を築いていくために、関わり方をどのように変えることが出来るか、考えてみましょう。例えば... 実際生活で「われ-なんじ」を実行することは、簡単なことではありません。社会は、「われ-なんじ」のために形成されてはいないからです。 […]
「神のかたち」で生きる霊性入門 5月ー自分の頭で考えなさいー師匠からの教え
いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 自分の頭で考えなさいー師匠からの教え 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作ってゆく、というテーマでお届けしています。 今日は、私の信仰の師匠、國光幾代子先生から頂いた信仰の知恵をご紹介します。 國光先生(故人)は私が卒業したインマヌエル聖宣神学校の女子寮監を長年務め、メソジスト教会の牧師として数多くの牧師、献身者、教会員、求道者の指導と育成をされました。 私が先生に出会ったとき、先生は88歳。私は当時23歳で、信仰をもって3年目でした。先生が亡くなるまでの10年間、私は先生から多くの霊的な指導、遺産をいただきました。 これからご紹介する幾つかの言葉は、きっと、皆さんの信仰生活を形作る手がかりになると信じています。 「自分の頭で考えなさい」 「あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。」ピリ 1:9-10 私は大学卒業後、すぐに神学校に入学しました。非キリスト教環境で二十歳まで育った私にとって、キリスト教世界の考え方、文化は外国と同じくらい隔たりを感じる世界でした。キリスト教会、神学校とはいえ、聖書的なもの、文化的なもの、人間的なもの、罪の影響を受けたものも混ざっているという考えに至るには、まだ時間が必要でした。 私はよく、先生のところで泣きながら愚痴を言っていました。人生経験も信仰年限も浅い私にとって、納得できない神学校の習慣があり、また人間関係にも良心が痛むことがあり、うつ病寸前でした。 「自分の頭で考えなさい」と先生は私に言いました。そして幾つかの聖書箇所を開いて下さいました(エペ5:10、1テサ5:21、ピリ1:9-10)。 「自分の頭で考えなさい」という言葉は衝撃的でした。なぜなら、それまでずっと信仰者の模範とは、「従うこと」だと教えられてきたからです。自分の考えや判断を持て、という指導は受けたことがありませんでした。 神は私たちに自分自身の目で、感性で、信仰で良いものと悪いものを判断するように、創造されました。生きた信仰をもつとは、頭を使うことであり、時に痛み、間違いも発生します。完璧ではないかもしれない。 しかし、私達が悩んでいるということは、忠実に神に与えられた可能性を生きていることだと思うのです。 人としての全体性として、有機的な、命が通っている存在として、神の被造物として完成された姿に近いと、私は思うのです。 立場や学歴、信仰年限は関係ありません。神があなたになんと語り掛けているのか、神があなたに与えた良心と、生きている聖霊を信じ、自分の感性に自信を持ち、自分の頭で考えてみてください。 信仰の穴開きごみ袋 色々な事を言われて大変だった時がありました。先生は次のように言われました。「信仰のごみ袋を持ちなさい。それには、穴が開いていなくてはいけません。」 「穴ですか?」 「そうです。穴空きゴミ袋です。色々なことを言う人がいるでしょう。そうしたら、「はい、承りました」と言って、一度袋に入れます。袋には穴が開いていますから、言葉は穴から落ちてどこかに行きます。それでいいのです。」「それでいいのですか、先生?」 「相手は聞いているという姿勢で満足しますから、問題ありません。」 真面目に聞くばかりが能ではないと、学んだ瞬間でした。 「ためていたら、腐ります」 愚痴ばかり言っていた時のこと。「いつも愚痴ばかり言って、すみません。」「いいんです。きちんと出すほうが、良いのです。臭いものをなかったようにして、蓋をすると、もっと腐って悪い臭いを出します。」 隠すよりも、正直であるほうが良い。自分自身の心の声をきちんと理解する大切さを学びました。 「第一直感を大切に」 先生は判断が明確で早い方でした。判断基準を聞いたときに、教えてくださったこと。 「第一直感を大切にしなさい。」「聖書とか、信仰とかではなく?」「もちろん、大切です。しかし、迷ったら自分の直感を大切にしなさい。何かを教えているのです。」 聖霊が働いて教えてくれる、自分の感性を大切にしなさい、という意味なのだと思います。時間の猶予が無かったり、判断に迷う場合に役に立つ基準です。神によって培われている自分自身の感性と選択に自信を持ちましょう。 「すべて自分の考えだと思う必要はありません」 悪い考えや、誘惑が心に浮かぶときの対処の仕方。 「どうして自分はこんなことを考えるのだろうかとか、こんなに汚いことを思っているのか、と悩む必要はありません。サタンの投げる言葉にいちいち反応しなくてもよい。「サタンよ、下がれ」と言って、相手にしない。それだけで良いのです。そのたびに御言葉を心で唱えなさい(1ヨハネ 1: 7)。」 「授業料だと思いなさい」 自分の不注意で、車を大破させて経済的、精神的な痛手を負ったことがありました。とても落ち込んでいたときに、教えていただいたこと。「授業料だと思いなさい。」 マイナスでしかない、経済、時間、精神、肉体的ダメージを、前向きな視点に変えてくれた一言でした。皆さんの失敗も、「授業料」になる日が来ます。 「謙遜でありなさい」 神学校を卒業したとき、先生から頂いた言葉。「神は傲慢な器は用いられません。謙遜でありなさい。」 先生の教えはユーモアがあり、実践的でした。國光先生が、さらに前の先生から教えてもらった、という教えもあります。軍国主義と二度の世界大戦を生き抜いてきた世代です。 クリスチャンは、ただ真面目で善良、騙されやすい羊ではありません。賢く逞しく、ユーモアを持って、魅力的にキリストの姿を表してください。 今日ご紹介した知恵が、皆様の中に魅力的なキリストの姿を形作る手がかりとなれば、幸いです。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 […]
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 4月ー「察して」をやめるー伝えることに責任を持つ
いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 「察して」をやめるー伝えることに責任を持つ 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作ってゆく、というテーマでお届けしています。今回は自分自身を表現することの大切さについて、一緒に考えてみましょう。 長年家族、夫婦の問題を扱っているプリペアー・エンリッチJapanの西岡まり子先生が次のように仰っていました。 「コミュニケーションはキャッチボールです。相手が受け取ることが出来る球を投げましょう。ドッジボールではいけません。」 なるほど、と思いました。夫婦関係に限らず、私達のコミュニケーションは時に、相手とのやり取りを通して結論に至ろうとする対話ではなく、どちらが正しいか、どちらが優位かを示そうとする「対決」になっています。 あなたの意思、そして願いはあなたの形です。自分自身の人格と霊性を確認する過程です。自分の意思を伝えることの価値と責任、伝える方法について、2つのことをご紹介します。 1. 意思表示の大切さについて「露呈(開示)の法則」ー『境界線』から 『境界線』ヘンリークラウド/ジョン・タウンゼント著に「境界線の十の法則」という章があります(5章)。 法則10:「露呈(開示)の法則」 「露呈の法則とは、あなたの境界線は他者から見え、関係の中で彼らに言葉で伝えられるべきであるということです。...私たちは、恐れのために境界線の問題を、暗闇の中に隠してしまうことがあります。それは、サタンに攻撃の機会を与えます。 ...本当の愛への道は、境界線をオープンに伝えることです。」 私達の願いは、私が誰で、何者であるかということを示しています。 察してください、汲み取ってください、という精神は日本文化の中では多く期待されますが、これは解決するべき方向性を混乱させます。まず、何を伝えたいのか曖昧であるため、誤解が起きるということ。もう一つは、本人の問題が見過ごされるということが挙げられます。 例を挙げましょう。「(夫婦関係で)あなたのパートナーにどのようなことを期待しますか?」と質問すると、このような答えが返ってきます。「そうですね、私のことを不安にせず、思っていることを察してくれて、大切にしてくれることです。」「大切にしてくれる、とは?」「私が必要と思った時に、メッセージをくれて、私の願う答え方をしてくれる...。」「可能だと思いますか?」「いいえ。」 願いが思った通りにならないために、相談に来ていることは明確なのですが、このやり取りをすることは大切です。願いを言葉にすることで、自分自身が見えるのです。 現実的な願いか、謙遜さがあるか、相手のことを配慮しているか、願いが独りよがりになっていないか、自分に求められたら出来ないことを、相手に一方的に願っていないか。 察してくれない環境や誰かについて不満を持っているとしたら、その責任のボールは、問題を明確に伝えるまで、当人の側にあります(高齢者や幼児、精神や身体にハンディキャップがあり、意思表示の能力が十分でない場合は別です)。 伝えることで状態が悪化する方、また悪化する可能性がある方にとっては、ご自身がいらっしゃる環境や関係性について考える機会になります。状況と自分自身の願いが相容れない状況にあるとき、どのような人たちに囲まれ、どのように生きたいのか、考えてみてください。 『境界線』は、20年程前に書かれた本ですが、信仰の面でも非常に良い指針が記されている名著ですので、ぜひ一度ご覧になってください。 2.アサーティブネスー健全な意思表示の方法 伝え方がわからない、という声をよく耳にします。なるほど、伝え方が分からず、ボールを持ったままにしたり、投げたかと思えばドッジボール。分かりにくい伝え方、変化球ばかり投げる人もいます。 アサーティブネスは、自分と相手の意見を尊重しながらコミュニケーションを取る方法です。適切な言葉、言い方で自分の意見を表現します。 「愛は礼儀に反せず」(Iコリ13:5)と聖書にありますが、まさに、礼儀を実践するためのコミュニケーション方法です。次のようなことを心がけてみてください。 ・アイ(I,私)メッセージを使う。 「私」を主語にして話してみましょう。「あなたは~してくれない」「みんながこう言っている」という言い方は、伝え方が曲がります。伝えたい事があるのは「私」です。「私」の願いとして、なにをして欲しいのか明確に意見を伝える必要があります。 例えば次のとおりです。「私は~してもらえると、嬉しいです」「私は~されると悲しく感じます。違う方法、言い方をお願いできますか。」 ・建設的、肯定的な言葉を用いる。 アサーティブな会話では、自分の意見を相手が受け取りやすいように伝えます。そして相手の意見も丁寧に扱います。理解できない、意見が違うからと言って相手を攻撃したり、否定的な態度をとらないように気をつけましょう。 ・相手に敬意を払い、丁寧にお願いする。 協力や信頼関係が必要な関係では、相手の意見やペースを尊重することが長期的により深く強い関係を生み出します。 意見が違う場合、同意するかしないか、それぞれに選択の自由があります。私達が納得できれば同意すればよいのであり、出来なければ同意する必要はありません。しかし敬意を払う必要はあります。敬意を払う、とは、相手の意見を尊重し、理解しようとする姿勢です。 良いか悪いか、正しいか正しくないか、と仕分けされる世界観から離れ、異なる考え方、感じ方があることを理解する空間、それぞれの考えと生き方に息をする空間があること、それが互いの意見を尊重するということです。 アサーティブネスについては行動療法やビジネスの世界で多くの情報やトレーニングがありますので、興味がある方はぜひ調べてみてください。 あなたの願い、選択、意思はあなたに与えられた、神のかたちの一部です。神の光の中で自分の意思と願いの中身を点検すること、そして周囲がキリストを感じるように表現すること。 簡単ではありませんよね。しかし、取り組む価値のあることです。 あなたの意思が神のかたちとなって示されるとき、それは世の光、周りの方々への祝福となるでしょう。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 Bible & Life』いのちのことば社※月号、を明記下さい。




