ワークショップ
【申込受付中】2025年ワークショップ セレブレイト・リカバリー「自分自身に向き合うーキリスト中心の12ステップ」

自分自身や他の人たち、そして神様までもネガティブな視点で見てしまうことはありませんか。勇気を持って自分たちの葛藤や痛みを正直に分かちあう仲間のいる、この安全な場所で、共に回復の道を歩みませんか。痛みは一人で向き合わなくてもいいんです。セレブレイトリカバリーは、全ての人たちを対象としています。セレブレイトリカバリーの中で、私たちが防衛手段として会得した対処法は、痛みや傷から逃れるためであったことも受け入れます。聖書を土台としたセレブレイトリカバリーは、傷を癒し、新しい健全な真実や習慣へと導き、長期的な回復を導く働きなのです。 セレブレイトリカバリーとは セレブレイト・リカバリーは、キリストを中心とし、聖書に基づいた12段階のプログラムを通して、依存症、共依存、その他の問題を含む、傷、習慣、を持つ人々が、自由と新しい生き方を見つけるのを助ける活動です。 経験、長所、希望を分かち合う安全な場を提供し、赦し、恵み、霊的成長の重要性を強調しています。 セレブレイトリカバリーで扱われている問題 アルコール・薬物・処方薬、共依存、怒り、性依存、恋愛、人間関係依存、食べ物・ボディイメージ、機能不全家族、アダルトチルドレン、身体・感情・性的虐待、メンタルヘルスなど スピーカープロフィール 倉橋晋平&浩美 / Shinpei Kurahashi & Hiromi 心の傷や依存症を乗り越えることができるように導くキリスト中心の12ステップ、回復プログラムのリーダーとして夫婦で活躍。普段は客室乗務員として大空を飛び回っています! 目的 内容 対象者 18歳以上の心の傷や依存症を抱える当事者、支援者、聖書を土台とした12ステップに興味のある方、ノンクリスチャンも大歓迎。 形 式 オンライン120分、男女別分かち合いを含む全1回  開催日  米国 6月13日(金)EST 8:00-10:00 PM/ PST 5:00-7:00 PM日本 6月14日(土)午前9時~11時 参加費 一人参加 2,000円/ $20 (居住地域に応じた請求額となります) お申し込みは、以下のリンクから。請求は後ほどお送りします。 ※当日参加できない方、欠席の方には録画を送付します。費用は変わりません。 質問等ございましたら、「お問い合わせ」ページよりお気軽にご連絡下さい。

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ワークショップ
【申込受付開始】2025年ワークショップ グリーフケア- 泣く者と共に泣くミニストリー, 全2回

グリーフケアとは、大切な人との死別や喪失によって生じる悲嘆(グリーフ)に寄り添い、精神的、肉体的、社会生活において経験する悲しみや苦しみから、立ち直ることを支援するケアのことです。 今回の講師は大久保満先生。チャプレン*として勤務された経験から、グリーフケアの実際や、寄り添う立場としてのあり方を学んでみませんか。 *チャプレンー主に病院に勤務し、患者さんや、ご家族への支援を提供する聖職者 講師プロフィール 大久保 満(おおくぼ みつる) Mitsuru “Mick” Okubo 1977年シカゴ生まれ。大阪府八尾市出身。牧師家庭で育つ。中学一年生の時に、イエス・キリストを自分の罪からの救い主として受け入れる。高校一年生の時に、マルコの福音書16章15節「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」の所から献身の決心をする。東京基督教大学国際キリスト教学科で学び、その後、渡米する。 2007年、ノーザン神学校(Lombard,IL)卒業。卒業後、3年半、日系企業で働き、その後、チャプレンとして、いくつかの病院で働く。2017年6月からアンカーサウスベイ教会の日語部牧師として従事している。家族は、妻と二人の息子の4人家族。趣味は、熱帯魚飼育とサッカーをする事。 目的 人の死に対して、私たちはどう向き合い、どう接していけば良いのかを学ぶことによって、死別した人の家族・近親者、友人への牧会ケアを見出していく。 内容 ①グリーフケアとは?概念と歴史、そして必要性について  ②イエス・キリストに見るグリーフケア(ヤイロ、ラザロetc) ③実際にどんな対処をすれば良いのか?(ケーススタディー) 対象者 キリスト教信仰に基づいた、グリーフケアについて知りたい方 形 式 オンライン 各90分 全2回 開催日  米国 5月23日(金)、30日(金) EST 8:00-9:30 PM/ PST 5:00-6:30 PM日本 5月24日(土)、31日(土) 午前9時~10時30分 参加費 一人参加 4,000円/ $40 (居住地域に応じた請求額となります) お申し込みは、以下のリンクから。請求は後ほどお送りします。 ※当日参加できない方、欠席の方には録画を送付します。費用は変わりません。 質問等ございましたら、「お問い合わせ」ページよりお気軽にご連絡下さい。

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ワークショップ
【申込受付開始】2024年カップルワークショップ「違いを理解して伝え合う」全2回

カップルサポートとソウルケア ミニストリーが共催で、結婚関係、夫婦関係のためのワークショップを、日米同時に開催いたします。 豊かな結婚関係を構築するため、パートナーとの違いを理解して、より良くコミュニケーションできるように、ワークショプに参加してみませんか。普段は話せないことも、クリスチャンの結婚関係の専門家である西岡先生の指導の元、他の参加者と一緒に取り組むことが出来ます。 個人参加可能、結婚前のカップルの方もぜひご参加下さい。自分自身が学び、成長することで夫婦関係は大きく変わります。ノンクリスチャンの方も参加可能です(キリスト教的視点が入ることはご了承下さい)。ご参加お待ちしております。 形 式 オンライン 各90分 全2回 開催日  米国 8月30日(金)、9月13日日(金) EST 8:00-9:30 PM/ PST 5:00-6:30 PM日本 8月31日(土)、9月14日(土) 午前9時~10時30分 参加費 ■ 一人参加 4,000円/ $40 カップルで参加 6,000円/$60 カップルサポートについて・プログラムの詳細はこちら⇒https://couple-support.com/index.php お申し込みは、以下のリンクから。請求は後ほどお送りします。 質問等ございましたら、「お問い合わせ」ページよりお気軽にご連絡下さい。

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 12月ー世界に拒絶されている

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しました。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 世界に拒絶されている この1年間「神のかたち」を自分自身の生き方に形作る、というテーマで執筆させていただいたことを心から感謝しています。シリーズの最後に、どのような内容が良いだろうかと思い巡らせながら、今回のテーマを選びました。皆さんにとって、なにか前進するきっかけになりますように。 もやもや 数ヶ月前から、目の前に影のようなものがちらつくようになりました。飛蚊症です。知り合いの先生に相談したところ、加齢からくるもので、じきに慣れる。気にしなくてよい、と言われました。そんな年齢になったのか、と気にするところはありますが、慣れるよりほかありません。 今年9月、私はクリスマスカードを注文するため、いくつかの印刷会社のホームページを開いていました。クリスマスの挨拶は、私のミッション活動の報告を兼ねており、数が多いため印刷会社に注文しています。 印刷会社が提示するテンプレートをスクロールするたびに、心の底からもやもやとした何かが湧き上がってきました。まるで視界の端に飛び込んでくる飛蚊症の影のようです。視界の中の黒いゴミの影は目で追うと、まさに飛び回る蚊のようで、イライラします。同じように、心の中のもやもやも、沈殿していた池の底の泥が湧き上がるような、非常に不愉快な感覚でした。 世界は私の場所か この泥は、ずっと私の人生の中に沈殿していました。何回か、霊的同伴者に相談した後、その泥の名前は怒りであり、「拒絶」である、ということが分かりました。 クリスマスカードの見本には、幸せそうな家族が並んでいます。美しい家、豊かな生活、愛情深い両親、笑顔の子供、旅行、贈り物…「幸せ」の展示場。 そして、私はどれも持っていませんでした。自分の現実と、テレビで見る普通の家族と生活、どちらが尋常ではないのか、子供の私には分かりませんでした。確かなことは、正解を知ったとしても、自分の苦しみが増すということでした。 「何に怒っていますか?」と霊的同伴者が尋ねたので、私はしばらく考えて「世界に…全てに」と答えました。 招かれざる者 有名なクリスチャン作家であるLysa Terkeurstは「拒絶」をテーマに "Uninvited(招かれざる者)"という本を記しています。彼女は人生を通じて、彼女を恐れさせ、凍りつかせてきた心の感覚は「拒絶」であると綴っています。「拒絶」は彼女がまだ子供の頃に父親が、家を去っていったことから始まる感覚でした。 「私の顔も見ずに荷物をまとめる父を見て、私の安心感とアイデンティティを支えていた最後の一片が割れた。…拒絶感は私の心の奥底に沈み込んだ。そして、私はある結論に達した。「(中略)お父さんにとって私は何の価値もない」。さらに、次のような結論に結びついた。「私は神にとって何の価値もないのではないか」これらの感覚が、私の新しいアイデンティティとなったのです。」引用"Uninvited"Ch.3 TerKeurst, L. (2016). Ch.3 There’s a Lady at the Gym Who Hates Me. In Uninvited: Living loved when you feel less than, left out, and lonely. essay, Nelson […]

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 11月ー信仰は視力となり

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しました。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 信仰は視力となり 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作る、というテーマでお届けしています。 私たちの問題 ある日、乳がんを患った方が来られました。片方の乳房を部分的に除去したため、胸に義肢装具をつけているとのことでした。義肢装具とは義足や義手と同じように、病気や怪我で欠損した体の部位を補うためのものです。 「鏡で自分の胸が欠けている姿を見ると、自分でなくなったような気がするんです。どう表現していいか、わからないんですが、受け入れることが出来ないんです。」 欠けた部分というのは、物理的にも、精神的にも、多くの意味があるでしょう。 体の一部分がなくなりました。見た目が服で隠れているとしても、これまで出来ていたことが、出来なくなったかもしれません。機能を失いました。可能性を失いました。 欠けた肉体は再生できません。失うという痛みがあります。もう戻らない、再生されない。私達の肉体の終わりを思わせる、暗いサインでもあるでしょう。 彼女との会話で、この話は私達人間、全ての話だと思いました。障害、病気、事故、老化。遅かれ早かれ、私たちの健康は失われ、体の機能は衰えていきます。 人間は塵で作られている、と聖書は言います。私たちも世界も、海辺に作った砂山のように、変化し崩れる。しかし、失いながら生きていくことは、ただ死に向かうだけの旅ではない。その過程に何らかの意味があると思うのです。 あなたの旅 私達の地上の肉体は幕屋だと、聖書は言います(2Cor. 5:1-4)。旧約聖書の時代、エジプトを出て、神が約束された地に入るまでの仮の住まいが、幕屋でした。荒野での旅の中で奴隷であったイスラエル人は、律法を与えられ、土地を得、神の民へと形作られていきました。 このイメージに重ね合わせると、地上にいる時間は私達の中に、神の民としてのあり方が生まれていく荒野の旅です。 「20歳の顔は自然からの贈り物。50歳の顔はあなたの功績。」ココ・シャネル 言わずと知れたシャネル、高級ブランドの創設者の言葉です。着飾るということは、見せびらかしたり、不自由な飾り物になることではない。どんな生き方を選択するのか、可能にするのか、現代の洋服を普及させ人々の生活とアイデンティティに革命を起こした人です。 シャネルの言葉を見て、すごいな!と思いました。生まれたときの遺伝子、生物学的要素だけではなく環境は、私達ではどうしようも出来ない要素が多い。 でも50歳は、70歳は、80歳は…その人がどのように生きてきたかが顔に、表情に、生き方、立ち振舞、言葉の端々に現れる。 私はこう思うんです。私たちの内側、魂の中には、霊的な姿かたちが作られていく。体の機能が失われていきます。不自由になっていきます。もとに戻らない。 しかし、私たちの中で、私たちが作られていくのです。肉体とは逆に、魂の体は、美しく、若い時以上に素晴らしく作られていく。 彫刻刀で削られていくように、失うことによって、私たちの魂の形が作られていくのです。失うということが、私たちを形作ってくれます。私たちが誰であるのか。 失う過程は、与えられる過程。地上で失う時、天の姿は作られていく。 あなたの魂の形を想像してみて下さい。どんな姿、かたちをしているでしょう。その姿で、主の前に立ちます。 心の痛み、身体の痛み、これまで沢山あったでしょう。そしてこれからも。でも、あなたの魂から奪われていくものは何もありません。 信仰は視力となり 「何年もの間、彼女はこの日を心待ちにしていた。この日、彼女の信仰は視力となって、主と対面し、"おかえり "と言われるのを聞くのだ。」 これは、ある方の訃報の中にあった一文です。 「信仰は視力となって」 神を信じる者たちには、天の国で復活の体が与えられると、聖書は教えています。 神は霊ですから、私たちが神を見る目は、肉体の眼球ではなく、信仰なのです(IIコリ5:6-7)。天国に塵に返るものは持っていけません。 天の国の体は、地上とは全く違う素材で出来ているのでしょう。啓示されている御言葉を手がかりに、推測しかできませんが、私たちが地上で形作る霊性が、天国の体に、姿になる日がやって来ます。 時々思います。その人が何者であるかということは、持つことによってではなく、持たないことによって、より明らかにされる。私たちは痛みによって、形作られると。 この地上では、持つことによって豊かになりますが、信仰者は持たないことによって、豊かになる。 そうなると、この地上で生きる痛み、損失、老化には隠されたレッスンがあるように思います。私たちに、永遠の、来るべき世界を教えてくれているのです。 まだ時間があるなら、素晴らしいことです。永遠の姿を望みながら、この世界でなにか出来ることがあるのでしょう。魅力的な、魂のかたちを作って下さい。 地上のものは朽ち果てますが、塵の中で、私たちの永遠の姿かたちが刻まれているのです。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 Bible & Life』いのちのことば社※月号、を明記下さい。

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 10月ー赦しと和解

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しました。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 赦しと和解 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作る、というテーマでお届けしています。 理不尽 詩篇51編はダビデが預言者ナタンからバテ・シェバの件を諌められたときに作られた詩歌と言われます。ウリヤがもし新約聖書の時代に生きていたら…ウリヤにダビデを赦しなさいと言えるでしょうか。高速道路の向こう側で見かけても、掴みかかって、殴りたい関係なのに、にっこり笑って「兄弟」と呼べる関係になれということでしょうか。 ナタンのような立場の人にとって、踏んだり蹴ったりではないでしょうか。苦しめられた挙げ句に、許しがたい相手を受け入れなさい、という精神的葛藤の二重苦。なぜ、罪を犯したものが赦され、苦しんだ者から温かい抱擁を得ることができるのか。 事の大小に関わらず、赦しの問題については、このジレンマが生じます。この点で葛藤している方々は少なくありません。今回は「赦し」と「和解」の違いについて、ご紹介いたします。 「赦し」と「和解」 ヘンリー・クラウドは『境界線』の中でこのように記しています。 「赦しと和解の区別がつけられない人は少なくありません。…赦すとは自分の境界線をもう一度取り払い、相手に自分を傷つける力を与えることだと勘違いしてしまうために、赦すことが恐くてできない人が大勢います。」14章境界線への抵抗 私たちが日常会話の中で使うのは「許し」です。「許す」とは、聞き入れる、自由にさせる、という意味です。対して聖書の中で過失や罪を巡って、他者との関わりの中で使われるのは「赦し」です。「赦す」とは刑罰や義務を免除する、という意味で使われます。 赦しは神からの命令です(マタイ6:9-15)。他者への「赦し」は「主の祈り」の中に含まれ、私たちが日々行うべき霊的営みとして定められています。 赦しについて、葛藤を抱えている人は、まず、「赦し」と「和解」を区別することが必要です。「赦し」は「仲直り」のことではありません。 「赦し」が意味する範囲 「赦し」はあなた自身、一人いれば完結します。負債を免除されたしもべの例え(マタイ18:21-35)は「赦し」の理解を助けてくれます。「赦し」とは、相手から私たちに負っている負債を取り立てる権利を放棄し、私たちへの賠償責任から自由にすることです。 赦すために、相手は私に対して、何も弁償しなくても良いですし、相手からの謝罪も必要ありません。相手があなたに謝らなかったとしても、悪いと思っていないとしても、あなたはその、紛争関係を終わらせることが出来ます。「赦し」はあなたの心のなかで生じる恵みであり、あなたと神がいれば十分です。 そのため、「赦す」ことにおいて、あなたは、あなたを傷つけた人と、必ずしも良い関係に戻る必要はありません。「赦し」は命令ですが「和解」は条件付きだからです。 「和解」とは 「和解」のイメージは、「仲直り」です。どちらが悪いことをしたのか明らかにされ、被害を与えた側は間違いを認めて、謝ります。被害を訴えている人の正しさが証明され、何らかの償い、もしくは改善が約束されます。そして、両者は関係を回復します。 「和解」は成立するとは限りません。相手からの謝罪と償いは得られない可能性があるからです。相手は悪いことをしたと思っていないかもしれない。自分がやったことを忘れているかもしれません。 虐待的な親であったり、横暴な上司であったり、あなたを裏切って消えた友人達と再び関係をもつ可能性がどれだけあるのか。相手はもう死んでいるかもしれない。 神が私達に命じていることは、相手と状況次第の「和解」ではないのです。 真の問題解決 もちろん私たちは、「和解」の可能性を信じ、寛容な心を持つ必要があります。同時に、自分自身にとって問題の本当の解決とは、何を指すのか考える必要があります。自分の心に耳を傾け、嘘をつかないことです。痛みが回復する過程を省略しても、問題は解決しません。 あなたの心の整理、状況の整理に時間をかけて下さい。相手がいる場合は、十分な信頼関係を構築することが出来るまで、安全な距離を取ってください。 同じ過ちをお互いに繰り返すことがないように、自分と相手の行動が改善を伴っているのか、自分なりにどのような結論を出すのか、考えて下さい。 他者や自分自身の未成熟さ、自己中心性を助長するような解決方法は「和解」ではありません。 相手と問題から自由になる 「赦し」は、相手のためではなく、自分自身にとっての福音です。相手があなたに負っている負債を取り立てる必要はなく、あなたは損害からの傷や、「被害者」という立場から自由になるのです。 負債の問題は、あなたと相手の問題ではなく、相手と神の問題になります(ローマ12:18-21)。「赦し」はあなたの未来を守る境界線です。 赦し難い人、出来事が、どんな人にもいくつかあるでしょう。自由になって下さい。あなたの人生は怒りや復讐ではなく、もっと良いもので形作られるべきです。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 Bible & Life』いのちのことば社※月号、を明記下さい。

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 9月ー安息日の本質

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 安息日の本質 中庭の意味 米国カリフォルニア州、西海岸沿線にはカリフォルニアミッションという21の教会遺跡群があります。18世紀、カトリックのフランシス会が、先住民族に対する支配と布教活動のための拠点として建設しました。 これまで10箇所ほどミッション教会を訪ねました。そしてある共通点に気がつきました。大小の差はありますが、どれも同じような構造をしています。 中央の四角形の中庭を囲むように、礼拝堂、司祭の宿舎、兵士や使用人の居住区、その他の付属の部屋が配置されています。図参照。 Old Mission Santa Barbara in 1792SBTHP L history. SBTHP. (n.d.). https://www.sbthp.org/history  中央は美しく手入れされている庭園です。こんな贅沢なスペースをよく真ん中に添えたものだと、当初思いました。私なら、中庭を畑か作業場にします。 中庭には意味があるのだそうです。静寂、瞑想、祈り、そしてコミュニティの絆を促進する場所として、修道会を中心とした共同体全体の活動に不可欠な場所なのだと。中庭は修道士たちにとって、神と語り、神を想うための重要なスペースです。 安息日の本質 イエス・キリストは安息日に病人を癒したり(ルカ13:10-17、マタイ12:9-14)、麦の穂を摘んで食べている弟子の行動を制限しなかったため非難されたり(マタイ12:1-2)と、何度もユダヤ人との間で安息日について、議論を巻き起こしています。当時の安息日の規定に敢えて挑戦をしているかのようです。後世の信仰者たちにも、安息日について、よく考えるようにというメッセージなのではないでしょうか。 『情緒的に健全な霊性』Scazzero, P. (2019). In Emotionally healthy spirituality . Duranno Press. (邦訳未出版)という本があります。私自身の安息日の実践を考えさせてくれた良書です。この本の6章では、安息日の4つの原則として、「1.止まること、2.休息すること、3.喜ぶこと、4.考えること」が挙げられています。 1.止まること ある牧師はレビ記の安息年の記述(レビ25:1-4)から「休むためには信仰が必要だ。」と言いました。止まるとは、世界の主権を握っているのは神であると認めることです。自分には限界があることを謙虚に認め、神の力を信頼することが必要です。 2.休息すること 安息日はイスラエルの民がエジプトを出て、神の民として選ばれたことの証明です(出エ20:8-11)。神を信じるものへの憐れみと安らぎを、私たちが感じ、受け取る日です。先程ご紹介した本の中では、休息を取るために止めるべきものとして次のようなものが挙げられます。 ー肉体的疲労・焦燥感・マルチタスキング・競争・心配・意思決定・用事を済ませること・会話・テクノロジー(携帯電話、テレビ、パソコン、ソーシャル・メディア等) これらのうちのいくつか、可能な方はすべて、安息日の間止めてみて下さい。 3.喜ぶこと 神は創造の仕事を終えた後、「それは非常によかった」と宣言しました(創世記1:31)。安息日は、ご自身のわざを喜ばれた神の心を生きる日です。神が創造された自然を見たり、体を動かしたり、自分の想像力を働かせることで構いません。「これは非常に素晴らしい!」と感嘆し、神を賛美し、喜びが生まれるような日にしてみて下さい。 4.考えること Contemplate(熟考する、観想する)という言葉があります。心を沈めて、深く思索するという意味です。神について、そして私たちの魂について思い巡らし、霊的な焦点を合わせることが安息日の本質です。 安息日の心 ここまで書くと、そんなこと到底私の生活では出来ない、と考える方がいらっしゃるでしょう。日本の労働・生活環境では本当に難しいです。 4人お子さんがいらっしゃる方が、こう教えてくれました。「ある曜日の午前中の数時間と、別の曜日の午後の数時間。私はこの時間を安息日として取り分けている」と。そのような考え方は画期的でした。 […]

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 8月ー自由を鍛える

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 自由を鍛える 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作る、というテーマでお届けしています。 自由の対価 二人の方をご紹介します。 Aさん 「私は単に利用されているだけだということは分かっています。役に立たなければ、罵られることさえあります。でも、今の生活を続けたいと思うので、結局従ってしまうんです。」 Bさん 「もしかしたら、私は会社の中の重要な地位についていたのかも知れません。しかし、私は聖霊の導きに従って、働く自由が欲しかった。だから、良いオファーを断って、一人で活動しています。今は大変です。組織からの支援も、肩書きもない。でも、これで良いという確信があるんですよ。」 時々、自由の対価とはなんと大きなものかと思います。信仰の自由のためにアメリカ大陸へと渡った新教徒、女性解放運動、ガンジーによるインド独立運動、公民権運動、天安門事件等々...自由のための道のりは、迫害と弾圧の歴史です。 私たち個人の自由への道も、楽ではありません。Aさんは、生活の保証を得ていますが、自らの心は、自分が真に自由でないということを知っています。一方で、整備された道を降りて、でこぼこ道を行くBさんのような人もいます。 私達の自由 私達は自由でしょうか。もちろん、現代の日本に生きている人々は奴隷ではありません。良心的で誠実な信仰者は、罪を避け、神の子供として自由の恵みを体験しているはずです(ヨハネ8:31-36)。 現代社会に生きる人々には、比較的自由が保証されている。そうであるにしても、私は様々な人々の価値観と思考の流れをたどるとき、自由とは言い難い、魂を閉じ込めている何かを感じるのです。人としての尊厳を無視するような価値観、人に奴隷になれ、と囁きかける声です。 キリストの自由 キリストがどのような自由を選択したのか荒野の誘惑に見ることができます(マタイ4:1-11)。イエスはパンよりも神のことばに従って生きることを選びました。 結果としてイエス・キリストの肩書は「大工の息子」。貧しく、休む家もない人として生涯を終えました。世の中が与える財産よりも自由を選んだ結果です。 保証された生活、人々からの称賛・承認、これらは私たちの優しい羊飼い、というよりは奴隷監督です。奴隷監督は、彼らを満足させれば、私たちは受け入れられ、そうでない場合、私たちに価値はない、と囁きます。 十字架の上で遂には体の自由までも失ったキリスト。私たちの魂はそれでもキリストは、真に自由であるということを知っています。 悪魔や人間が課す檻は神の霊を閉じ込めることはできません。キリストは、神であることの尊厳と自由を地上の富と引き換えにはしませんでした。 自由のために、あなたの尊厳のために 「私はいつになったら受け入れられるのだろう」「私は失敗した。若さ、学歴、仕事、配偶者、富の競争に出遅れた。私には価値がない」。このような考えが、多くの人々の心を深く蝕んでいます。 日本人を苦しめる1つの強固な精神性は比較です。自分自身にある絶対的な価値を認めていないため、他者との比較、社会の価値基準の中で自分の価値を確認しています。 「勝ち組」でも「負け組」でも、何らかのランクを絶対視していることには変わりはありません。番付という奴隷監督の元にあります。 「負け組」だと信じる人は、比較の物差しの中では、永遠に底辺の「奴隷」です。それでも、自分自身を奴隷にする虐待的な奴隷監督の元に留まり続けます。 自由になるためには、外には自由な世界があるということ、そして自分がどのような価値観の奴隷になっているのか、気付く必要があります。 人の心の中の「あなたは奴隷だ」とささやく声に出会うとき、自由になって欲しいと、心から願います。自由に空へと羽ばたいて欲しい。神のかたちを表す被造物として、自分自身の尊厳を大切にして欲しい。 魂の自由 マキシミリアン・コルベ神父は日本でも6年間宣教活動に従事したカトリックの司祭です。彼の遺品は長崎の縁の地に残されています。1941年にアウシュビッツで処刑されました。 コルベ神父はナチスの監視の下、他の収容者たちと強制労働に従事していました。ある日同じ班の中から行方不明者が出ます。脱走者が出たと思われ、連帯責任として同じ班の中から10人が処刑されることになりました。 無作為に選ばれた10人のうちの一人が突然、妻と息子に会えないのか、と泣き崩れます。この囚人の身代わりになりましょう、と進み出たのがコルベ神父でした。 10人の囚人は餓死室に閉じ込められ、餓えと渇きに苦しみます。コルベ神父は一人ひとりを励まし、賛美歌を歌い、息を引き取っていく仲間たちのために祈りました。2週間後、コルベ神父を含め4名はまだ生存していましたが、フェノール注射により処刑されました。 コルベ神父の最期の場面に立ち会った人物が戦後に貴重な証言を残してくれたお陰で、彼の物語が語り継がれています。 たとえ記録に残らなかったとしても、コルベ神父が地上で表した霊的なメッセージの尊さは、天の国に記録されているでしょう(黙示録 3:5) 。 あなたの物語、自由と尊厳のための道筋は、誰にも知られない物語かも知れません。自分を救うためだけの、小さな物語かも知れない。それでも、あなたの奮闘を通して、キリストの自由が世界へと流れていきます。 私たちの魂に絡みついているものが何なのか、よく考えてみてください。人としての尊厳、人間性を奪う鎖から自由になってください。 高い対価を払うことになるかもしれませんが、自由、そして尊厳は、その価値に見合うものなのです。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 Bible & Life』いのちのことば社※月号、を明記下さい。

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コラム
『 百万人の福音 BIBLE&LIFE』「神のかたち」で生きる霊性入門 7月ー愛を鍛える

いのちのことば社『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて2023年1月から1年間連載を担当しております。 連載タイトルは、「神のかたち」で生きる霊性入門いのちのことば社様から許可をいただきまして掲載いたします。『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』は様々な執筆者の方々の有益な記事や情報が満載です。最新号にてぜひお買い求めください! ※掲載された記事については、PDFの記事を御覧ください。下記は編集前の原文です。紙面の都合上省略された文章が原文には含まれています。編集者の方の尽力によって読みやすくなった文章、また原文のままの文章もどちらも、楽しんで頂けるかと思い、両方を残してあります。 愛を鍛える 「神のかたち」を自分自身の生活の中に形作る、というテーマでお届けしています。 クラスにて 「最初の夫婦カウンセリングでは必ず次のように伝えます。「今この場で、相手に変わってもらいたい、という期待を捨てること」」 夫婦カウンセリングのクラスを担当する教授から教えてもらったことです。変わるのは、相手ではなく、あなた自身であるというスタートラインに立ってもらうためです。その後、私自身が日本人にかかわる様々な問題に携わりながら、上の言葉の大切さをつくづくと実感させられています。 子供の問題行動に悩む親、ハラスメントや依存症に悩む配偶者、境界線を踏み越えてくる親族、個人の身体・精神・経済的な限界を認めない団体や上司の下で働く社会人。これらの問題は私達が神話のような「愛」を自他ともに信じているため、生じるものです。 神話のような「愛」 聖書によると「神は愛(ヨハネ)」です。性愛、友愛、家族愛、無償の愛...対象によって様々な名前で呼ばれることがありますが、すべての愛の源は神であり、神の愛の一部分が反映されたものです。 従って、神を学ぶことにより、私たちは「愛」が何であるかを学びます。「愛」は情熱と犠牲を伴います(ローマ人への手紙5:8、ヨハネ3:16)。 神話のような「愛」とは、次のような理想像です。 神話は美しく聞こえるけれども、現実には機能しません。多くの人が良いクリスチャンであろうとするため、この考え方で苦しみます。異議を唱えると罪悪感が生まれ、反論が難しいのです。 神の愛 この理論に対抗する考え方をお伝えします。神の愛は、神の聖さ(1Pet. 1:15-16) と義(1John 3:7)も同時に表す必要があるということです。 神は愛を正しく実践する方法を知っています。神は被造物である人を無条件に愛しましたが、神の聖と義を放棄することはありませんでした。聖さと義の無い愛は、神を現すものではありません。 愛のしるしとして、キリストが送られ、愛を全うするために、精神的・霊的な苦痛と物理的な犠牲が払われました(1 Peter 2:24)。キリストは世の不正と罪にチャレンジすることにより、愛を示されました。 犯罪を繰り返す家族を黙認しつづけることは、愛でしょうか?浪費癖のある配偶者の後始末を続けることは愛なのか、それとも? 愛とはただ相手が快適に過ごせるように譲歩を続けることではありません。関係性の中に見られる罪深さや不健全さを正そうとする姿勢も愛です。相手が神の喜ばれる在り方へと、自立を助けることも愛です。 聖さとは罪深い動機や行動を共にしないことです。義とは、良いことと悪いことを明らかにする決断や行動です。憐れみは、成長と成熟を促す忍耐です。愛の実践において、神の全体像である、愛・聖さ・義を示す方向に向けた決断が真の「愛」の実践です。 痛い 「変わるべきなのは、相手ではなく、自分である」という話に戻ってみましょう。厳しい戦いではあるのですが、あなたの愛、寛容さや良心、忍耐を浪費するような相手に対しては、神話のような愛ではなく、神の愛を実践する必要があります。 より高次な神の愛は、あなたが「良い人である」という名声を失わせ「冷たい、あの人はクリスチャンではない」という不名誉を受ける場合があります。 キリストが家族の繋がりを軽視していると捉えられたり(マルコ 3:21)、神を侮辱していると(マタ26:65、ヨハ15:18)言われたようにです。 あなたが非難される場合、どのような人があなたを非難しているか考えてみて下さい。その人達はあなたを本当の意味で大切にしてくれる良い人たちですか?あなたをコントロールしようとしていませんか。 神があなたの決断についてなんと言っているか考えてみて下さい。そして、良い信仰を持っている人たちに、健全な判断とは何か相談してみて下さい。 自分自身への挑戦 実は、一番の強敵は、自分の内側の声です。愛がない、クリスチャンらしくない、と言われても、本当の愛とは何かを実践する荒野に踏み出すことが出来るか。罪悪感に悩み、失敗しながらも、悪戦苦闘の先にある希望を信じるか...。 夫婦喧嘩が増え、子供を失望させることになるかも知れません。安定した生活基盤を失ったり、付き合っている相手と別れたり、昇進の道が絶たれたりするかも知れない。 愛の実践とは、自分自身との戦いです。抵抗に耐える愛の筋肉をつけることです。神は愛の結果として、人となったひとり子を失いました。しかし、神の犠牲は永遠の命に繋がりました。 私達も大切なものを失うことになるかも知れません。私たちは失いますが、鍛えられた愛はより神に似たものとなります。 あなたの愛がどのようなものであるのか、よく考え、信頼できる人から知恵をもらいましょう。愛を鍛える過程においては、理解されないこともあります。しかし、あなたの愛に対する取り組みは、神に知られています。神の導きと平安がある方向へ進んでみてくださいね。 ※出版権の関係により、無断で不特定多数の方に配布しないようお願い申し上げます。引用の際には出典、『百万人の福音 Bible & Life』いのちのことば社※月号、を明記下さい。

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News
7月のお知らせ:まもなく開催!カップルワークショップ「違いは祝福」

暑い日が続いていますね。お元気にお過ごしですか。ソウルケア7月のご案内です。 ■2023年カップルワークショップ「違いは祝福」全2回 より豊かな結婚関係を構築するため、パートナーとの違いを強みとして受け取るため、ワークショプに参加してみませんか。 普段は話せないことも、クリスチャンの結婚関係の専門家である西岡先生の指導の元、多くの参加者と一緒に取り組むことが出来るでしょう。 個人参加、結婚前のカップルの方もぜひご参加下さい。自分自身が学び、成長することで夫婦関係は大きく変わります。 ノンクリスチャンの方も参加可能です(キリスト教的視点が入ることはご了承下さい)。ご参加お待ちしております。 ⇒詳細・お申し込み ■ひまわりの小路(こみち)ー霊的虐待からの回復を支援するグループ 霊的虐待からの回復を支援するための日本語グループが9月から始まります。これまでは英語のみの対応でしたが、日本語グループが発足しました。 興味のある方は以下のページをご確認の上、お申し込み下さい。 ⇒詳細ページ ■「神のかたち」で生きる霊性入門、4-6月分無料公開  『 月刊 百万人の福音 BIBLE&LIFE 』にて連載中の「神のかたち」で生きる霊性入門、4-6月分をいのちのことば社様から許可をいただきました。 ウェブサイトで公開いたします。

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